facebookに書いた11年前の投稿が思い出としてあがってきました。
フランスとイタリアへ行った直後の投稿で、語学の必要性を感じたらしく、
『せめて英語くらいは話せるようになりたい』と切実に書いていました。
この時の英語を話したいという熱い想いは覚えていますが、結果・・・
私はそれから9年間、なんの言語も学びませんでした。
9年ですよ!9年。どんだけ熱い想いを放置しているか(当然熱くもなくなっているけれど)
しかも、語学は、何度も恥ずかしい思いをしているのに。
海外ブランドのバイヤーをしていた際、イタリアでした会話に忘れられないものがあります。
展示会でのことです。
相手から、『イタリア語は話せるか?』と聞かれました。
もちろん、話せないと答えます。
次に、『では英語は話せるか?』と聞かれました。
それも、話せないと答えました。それで諦めてくれると思いきや、
次に『ではフランス語は話せるか』と真顔で聞いてくるのです。
この三段構えの確認。想定外で、かなりの恥ずかしさを感じました。
内心、英語もイタリア語も話せないヤツがフランス語話せるか!と思いながら、
半分、あ~海外の人って、母国語以外にも他の言語が話せるもんなんだと実感しておりました。
その時も、絶対英語くらい話せるようにならなくちゃっと心に決めましたが・・・
結局、商談はできなくても現地では生きていけるので帰国するとまた語学のことなんて忘却の彼方。
次は韓国に出張したときのことです。
韓国は日本語で行けるでしょっと思いきや、結構通じない場面がちらほらで、英語が話せればっと思う場面が多々ありました。
しかも、商談相手は免税店。店頭のスタッフの女性は普通に、英語、日本語、フランス語など話します。
げ、、、私、やっぱり情けない。。。勉強しなきゃっと思いますが、また関空に着くと忘れます。
その時は親しくなった韓国の人から『韓国語なら教えてあげる』と言われたのに、
英語も話せないのに韓国語を学ぶ余裕がないと断りました。
でも結局、母国語しか話せないままというわけです。
しかし、こんな私もコロナのお陰でフランス在住の素敵な先生に巡り会うことができ、勉強をはじめて2年が過ぎました。
これも先生のお陰です。
というのも、7日間くらいの体験レッスン後に先生からレッスン方針を提案して頂く機会があるのですが、私はそこでも逃げまくりました。
まずは、難しそうで勉強を続ける自信がないと言いました。
次は、そもそもフランス語を使う機会がなさそうと言いました。
極めつけは、英語も話せないのにフランス語を学ぶのはおかしいと思うと本末転倒なことを言いました。
こうして書いてみると、先生からしたら『はぁ』って感じの話ばかりです。
まず、自信がないっていうけど、はじめてもないのに自信があるわけもないし、機会がなければ作ればいい。
極めつけに先生から言われた一言は、
『フランスに住みたいのに先に英語を学ぶっておかしくないですか?!』
確かに、ごもっとも仰る通りでございます。もう逃げる言葉はありませんでした。
こんな風に、先生が背中を押してくれたからフランス語を学ぼうっと決心することができたのです。
仮に、私みたいな先生なら絶対に始めていないです。
まず私なら、続ける自信がないと言われたら、『結局やる気ないんだ』と思って話を終えるし、
機会がなさそうと言われても、『結局やる気ないんだ』と思ってわかりましたというし、
お金がないと言われて、やる気があるなら分割でも良いと提案してもためらわれたら、
「これ以上言って無理やり誘われたとか言われてもイヤだしな」っと思って早々に話を終わらせると思います。
改めて書くと、背中押さなさすぎ、冷たいなって思いました(笑)
自分は背中を押してもらって新しい世界に行ってるのに。
結局、フランスに住みたいとか言っても、こんな風に最初の第一歩である語学を学ぶことをためらっていた私は、
自分の熱い想いを簡単になかったことにしようとしていたんだと振り返って思います。
シルクロードへ行きたいという思いも、忘れていてこの夏思い出した次第です。
あんなに、小学生の頃から行きたかったのに。
今でも、スパイスを見る度に「これは昔シルクロードを渡ってきたんだ」と思うとじ~んとする私なのに。
人は目先のことだけに集中しがちで、過去の熱い想いも、未来への期待も、すぐに放置するんでしょうね。
人生は長いようで短いので,しのごの言わずにさっさと動いてやりたいこに向かっていきたいと思います。
死ぬときに、「あれもしておいたらよかった」って思いたくないですから。
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