めちゃくちゃ昭和感あふれる写真でこっぱずかしいですが、1歳の誕生日の私です。お行儀が悪いですが、手で赤飯をつかんで口に入れた瞬間らしいです。
下の写真は1歳になる前ですが、スイカを美味しいかと聞かれて美味しさを顔で表現している図です。私のアルバム、食べている写真ばっかりで驚き・・・
今、自分が見ている世界を変えたいとき、セルフイメージを変えることを多くの人が勧めます。
一般的にはセルフイメージが低いとか、高いという言い方をしています。
ただ、低い高いというのはかなり抽象的でわかりづらいので、私は「セルフイメージを変える」という表現が良いと思っています。
しかしながら、このセルフイメージの変更に時間がかかる方もおられます。
セルフイメージの変え方は、
「できない自分」というイメージを「できる自分」に変えたり、
「あんまりかわいくない私」と思っている自分を「魅力的な私」に思い変えたりなどが一例ですが、この方法も本人がこれまでの人生で思い込んでいることを変えるのは簡単にできる人ばかりではありません。
想像してみてください。
自分は「美しくない」と思って30年生きているのに、誰かから「●●さん、キレイですね」と言われて信じることができるでしょうか?
できたら苦労していません。
だから潜在意識を使ってちょこちょこっとセルフイメージを変えるワークをするのですが、セッションを受けなくてもできそうな方法をご提案できそうな気がしたので私の大昔の写真をひっぱり出してきました。
こちらの2枚の写真の私。どんな風に映っているでしょうか?
私が思うに、この写真の私は自分が「完全で無欠」な存在であると当たり前のように思っていると感じるのです。
完全無欠とは、文字通り完全で欠けているところがない様子。
自分のココが悪いとか、誰かと比較して劣るとか、愛されているのだろうかとか、これでよかったのだろうかとか、自分なんて・・・など思わず、財布の中身を気にすることもなく、明日を憂うこともない状態です。
この写真の私は、「今」しか見ておらず、「ワクワクすること」に集中し、全身で喜びを味わい、すべてが与えられると信じ、愛されていることが当たり前で、自分は何をしても許されて、欲しいものはなんでも手に入ると信じているように思うのです。
例え嫌なことがあっても、その時は全身で拒否し、「私が我慢すれば良いんだ・・・」なども思ってはいないでしょう。
遠い昔の私は、まさに完全で無欠。
そんな自分を今の自分に重ねると、今見ている世界が不思議と変わってくるのです。
出来事や問題に対する反応が明らかに違います。
例えば、私がときどき気にする、「もっといいアプローチができたのではないだろうか?」など。
それも完全無欠の私なら、相手がどんな反応をしようと「私は最善を尽くした」と胸を張って言えると思うのです。
私は本当は気が進まないんだけど仕方がないから付き合おうと思うときも、完全無欠の私なら、「イヤだ」と言えると思うのです。
自分のしていることがいつも肯定でき、目についたワクワクに不安なく飛び込み、コケて頭を打ってもギャーっと泣いて終わり。過去はすっかり忘れてはいまた次。という感じ。
もうこの状態はセルフイメージがどうのなど言うレベルでもない、突き抜けた状態かもしれません。
そこで、セルフイメージを変えるセッションを受けなくても、自分が体験した完全無欠のわたしの感覚を思い出し、その頃の自分に浸ることができれば、見えている世界は変わる気がするのです。
具体的な方法としては、自分がその感覚を持っていたと思える頃の写真を探してみる。
その写真の自分の表情をしっかり確認。
次に、その写真の自分になりきってみる、または当時の自分に浸る。
やることはこれだけです。
私の場合は、当時の自分の顔を浮かべ、その自分ならどうするか?という視点で生活してみるという感じになります。
人は自分を取り囲む世界を、色付きメガネをかけて見ています。
バラ色メガネの人は景色もバラ色に見えるでしょうし、グレーのメガネをかけた人は、自分を取り囲む世界もグレーです。
自分が何色のメガネをかけるかは、自分で決められるし、自分で変えられるので、ぜひぜひ、「完全無欠のわたし」を思い出し、自分が見たい景色を手に入れてくださいませ。
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